世界三大美女の1人、楊貴妃も美容のためにアキョウを飲んでいました。
有名な白居易の『長恨歌』の中に、楊貴妃(ようきひ)の美貌と、彼女の玄宗(げんそう)皇帝に対する愛を讃えた詩がありますが、唐代詩人肖行澡も、雨の滴をはじく蓮の葉を楊貴妃の肌にたとえ、貴妃の肌は白くきめが細かく、弾力性があってシワがないことを褒め称え、こっそりアキョウを飲んでいるお蔭だと詠っています。
西太后もまた、アキョウを愛用していました。
史書の記載によると、西太后がまだ側室の時、重い更年期障害になりました。何人もの皇室お抱えの医師にかかりましたが、いい結果は得られませんでした。
しかしその後、アキョウを服用し始めたことにより、月経周期が整い、体調もすっかり回復し、男の子を授かりました。このとき生まれた子が、6年後に皇帝となる同治帝(どうちてい)です。
以来、西太后はアキョウをこよなく愛し、生涯にわたり服用したそうです。現在、中国の首都・北京市にある故宮博物館に、当時の宮廷御用達のアキョウが陳列されています。
宋代の儒学者であり、後に朱子学を創始した朱子が高齢の母にすすめた漢方。それは、アキョウと人参でした。朱子は、高齢の母に次のような手紙を送っています。
平均寿命が現代ほど長くない時代に朱子が71歳まで長生きしたのは、食養生と漢方のおかげかもしれません。
三国志で有名な曹操の三男であり、この時代を代表する大詩人でもある曹植(そうしょく)は、アキョウの産地である東阿の地で王をつとめていた時期があります。その際、曹植は東阿の地とアキョウが大変気に入り、アキョウを讃える詩を残しています。
東阿王としての役目を終えた後、曹植は各地の王として転々としますが、墓石は曹植が最も好んだ東阿県のそばに残されています。
韓国ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」。第50話「ヨンセンの早産」で、チャングムがこう叫ぶシーンがあります。
ここでいう膠艾湯とはアキョウを調合した漢方薬のことで、加味逍遥散も膠艾湯も、虚弱体質の婦人や婦人科系の症状に用いられる漢方です。こんなドラマのワンシーンからも、アキョウが宮廷でも古くから飲まれている漢方であることがうかがえます。